แชร์

第六話 藍殿

ผู้เขียน: 春埜馨
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2025-06-27 21:30:15

歩いて来た道を戻るように、妃たちの殿門の前を通り過ぎ、突き当たりを左に向かってそのまま歩いていくと、藍殿《らんでん》はあった。

「こちらになります」

「は、はい」

青を基調とした立派な建造物が何棟も連なっており、宿舎か何かだと蘭瑛《ランイン》は思った。ぼんやり眺めていると、隣にいた宇辰《ウーチェン》が、爽やかな笑みを向けて口を開く。

「あちらは、永憐《ヨンリェン》様の住居です。こちら側は、私たち護衛や侍女が寝泊まりする所になっております」

宇辰は、向かって右側の塔を指しながら、蘭瑛に説明した。

「はぁ…」

やはり、国師というだけあって、暮らしぶりは桁違いのようだ。ここで、露店の串焼きなんぞ食べた日には、間違いなく打首にされるだろうな…。蘭瑛から思わず苦笑いが漏れる。

「蘭瑛様は客人ですので、今晩はこちらではなく、あちらの塔にある客室へご案内いたします」

藍殿の斜め奥にある塔を指され、蘭瑛はコクっと頷いた。

宇辰の後ろに続いて歩いていくと、左右に分かれる中央の廊下に到着する。奥にはだだっ広い中庭があり、その庭を囲うかのように、藍殿は造られているようだ。宇辰から、左側の廊下は永憐の住居に繋がる為、ここから先は入室禁止であることを、入念且つ丁寧に説明された。

あんな威圧感を漂わせた、仏頂面の男の家に入ったところで何になる?居心地が悪いだけじゃないか。

蘭瑛はそう思いながら、口元を一文字に固める。

しかし、宇辰によると、今も永憐に好意を寄せた下女たちの侵入が後を絶たず、寝台に潜り込んだり、下着や肌着を盗む不届き者がいるんだとか。蘭瑛は宇辰に、無断で入ったらどうなるかを尋ねてみると、無断で入室した場合は、男女問わず三日三晩鞭打ちの刑に処され、しばらくの間、禁足処分になるとのことだった。

蘭瑛は、誰が見ても分かるぐらい顔を引き攣らせて、宇辰が歩いていった右の塔へ進んでいく。

すると、厨房から肉料理の香りがふんわりと踊るように、蘭瑛の鼻腔に入り込んだ。

(はぁ〜、なんて美味しそうな匂い…)

美味しいものに目がない蘭瑛は、口から生唾が飛び出そうになった。

そういえば、今日は突然の事で何も口にしていない。寄り道して、露店の串焼きを食べてくるべきだったと、蘭瑛は少し後悔した。

ぎゅるるる、とお腹が鳴るのを必死に止める。

蘭瑛はお腹を抑えながら、案内された厨房の中へ入った。

美味しそうな食材が並ぶ横で、忙しなく調理をする老女に、宇辰が声を掛ける。

「梅林《メイリン》様、今日もいい香りですね。今、少しだけよろしいでしょうか?」

(この人が、メイリン様なのか!)

蘭瑛はてっきり、永憐のお墨付きである若い女官だと勝手に思っていた。

振り返って蘭瑛を一目見た梅林は、鍋の蓋を持ったまま、目を輝かせている。宇辰は、手振りをしながら蘭瑛を紹介した。

「先日、話しておりました六華鳳宗の蘭瑛様です」

「蘭瑛と申します。しばらく、お世話になります」

蘭瑛は深々とお辞儀をする。それと同時にまたお腹が、ぐぅ〜と鳴った。梅林はクスクスと笑い、近くにあった出来立ての熱々な万頭を、蘭瑛に差し出した。

「まぁ〜、可愛らしいお嬢さんなこと。私は梅林よ。ここで、永憐様の食事とお世話係を担っているわ。何か困ったことがあったら、何でも言ってちょうだいね。あ、早く食べちゃいなさい。冷めると美味しくないわよ〜」

なんて好印象な老女なのだろうか。

蘭瑛は「いいんですか〜」と言いながら、目を丸くして熱々の万頭を見つめる。チラッと宇辰の方を向くと、頷きながら食べていいことを、黙認しているようだ。

蘭瑛は二人の優しさに甘え、万頭を勢いよく頬張った。

すると、一口口に含んだ瞬間ふわっと美味しさが広がり、蘭瑛は舌から溢れ出す感動に酔いしれた。

味は至って素朴なのだが、ほんのりと甘みを感じる。

これは、華山で露店イチとも謳われた、あの有名な万頭の味とは別格だ!

「おいひぃ〜です」

「そりゃそうよ。私が作ってるんだから〜」

自慢げに言う梅林もまた可愛らしかった。

蘭瑛はあまりの美味しさに、思わず顔が緩んでしまう。

今日の自分の夕餉は、梅林様が作ってくださったらいいなぁ〜、と蘭瑛は図々しくも淡い期待を胸に抱いた。

蘭瑛が食べ終わるのを待って、宇辰が口を開く。

「蘭瑛様、皇太子殿下にお渡しする解毒剤を梅林様に…」

「あ、そうでした!すみません」

一人だけ食べている場合じゃない。蘭瑛は慌てて、葯箱から解毒剤を取り出し、それを梅林に差し出した。

「梅林様にお渡しするようにと、永憐様から言われまして。こちらなんですが、お願いできますか。少量の水に溶かして、口に含ませていただければ大丈夫です」

「分かったわ。あとで皇太子殿下の所へ食事を届けるから、その時でいいかしら?」

「はい」

蘭瑛は梅林に解毒剤を渡したあと、宇辰に連れられて客室のある塔へ連れて行かれた。宇辰は「また明日殿下の様子を見に行っていただく為、お迎えに伺います」と言い残し、藍殿へ戻っていった。

客室の窓を開けると、濃紺な空に月の光が照らされているのが見え、ふと、『月夜《げつや》』という漢詩が浮かんできた。まるで自分が作者のように幽閉され、家族を悲哀しているかのように。

蘭瑛は窓辺で頬杖をついて、怒涛の一日だったことを振り返る。

(はぁ…疲れた。昼までは華山にいたというのに、夜はこんな所で眠るのか…。いつ帰れるんだろ…)

ふと目線を藍殿の左側の塔に向ける。

すると窓から、橙色の光が漏れていることに気づいた。あれから結局会うことはなかったが、永憐は戻ってきているようだ。

窓辺でぼんやりしていると、食事が運ばれてくる。

運ばれてきた蘭瑛の夕餉は、淡い期待を裏切るような残念なものだった。

翌朝。

あまり寝付けなかった蘭瑛は、ぼんやりとした目を擦りながら、昨日の晩に渡された衣に着替える。

普段は、六華模様の入った動きやすい襖裙《おうくん》を着ているのだが、用意されていた衣は卯ノ花色であしらった上質な柔らかい綿の襦裙《じゅくん》だった。着心地を堪能していたが、腰紐を手に取った瞬間蘭瑛の目が思わず跳ね上がった。何故か、男ものの長い腰紐が入っている。しかも、色は男が好む藍色だ。

「……」

辺りを見渡しても、代用できるものがなかった。

これしかないのなら、もはや仕方がない。

蘭瑛は溜め息を吐きながら、腰に紐を何度も巻きつけるようにして、それらしく縛った。

髪は普段通り、耳横から髪を半分に分け、髪紐で一つに結った。すると、身支度を整える頃合いを見計ったかのように、梅林が尋ねてくる。

「おはよう、蘭瑛。よく眠れた?あら、よく似合ってるじゃな〜い」

蘭瑛は苦笑いを浮かべながら、挨拶をする。

「永憐様が選んだのよ」

その一言で、蘭瑛の顔が一瞬で曇った。

(通りで、男モノな訳だ…)

蘭瑛は作り笑みを見せてその場をやり過ごし、梅林と一緒に昨日行った皇太子殿下の宮殿へ向かった。

息を切らす石畳の階段を登り終えると、何やら騒がしい声が境内中に響いている。

何事かと近づくと、入り口の扉の前で二人組の女の片方が護衛向かって、声を荒げているではないか。

「だから、中に入れなさいよって!賢耀《シェンヤオ》殿下の様子を見るだけじゃない!」

「だから、先ほどから何度も申していますように、王《ワン》国師殿から梅林様と六華鳳宗《ろっかほうしゅう》の方以外は入れないようにと、申し付かっております。お帰りくださいませ」

護衛の男は大変困惑しているようだ。

片方の女はお構いなしに、護衛の襟を掴んで怒声を飛ばしている。

「そんなの医局長の私は聞いてないわ!誰なのよ!その六華鳳宗っていうのは!」

「私です」

蘭瑛は、護衛の襟元を掴んでいた医官長の手首を持って、名乗った。

女はすぐに蘭瑛の手を振りほどき、蘭瑛の襟元に手を伸ばした。蘭瑛はすっとその手を避けて、また女の手首を下から掴む。叔父から教わった護身術がここで役に立つとは!

蘭瑛は更に、掴んだ手を上に持ち替えて、女の手首を思いっきり捻った。女は思わず痛みで唸る…。

「っ痛い!何すんのよ!ちょっと、離しなさい!」

「手を出したのはそちらでしょう?」

余裕綽々な蘭瑛の様子を見ていた梅林は「やるじゃな〜い」と、胸の前で手をぱちぱちと鳴らしている。

蘭瑛は捻った女の手首を勢いよく離し、女は手首を庇うようにして跪いた。片方の女は庇う様子もなく、ただ呆然と突っ立っているだけだ。

「あんた、名前は?」

「六華鳳宗の蘭瑛と申します。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」

額に青筋を立てながら、見下した笑みを浮かべて、蘭瑛は挨拶をした。

これは完全に煽っている。

「何よ!その顔。これで、タダで済むと思ったら大間違いよ!覚えておきなさい!この他所者が!」

唾を吐き捨てるかのように、勢いよく言葉を発して、女はもう一人の女を連れて、去っていった。

憎悪を滲ませた人の顔というのは、本当に醜く、悍しくて見るに耐えない。それが女であれば尚更だ。

気を取り直し、蘭瑛は梅林の後に続く。

昨日と打って変わって、賢耀は寝台の上で起き上がり、穏やかな様子だった。梅林と蘭瑛の姿を見るや否や、あどけない少年の可愛らしさを含めた声で、賢耀は二人の名を呼んだ。

「やぁ。梅林と蘭瑛先生」

อ่านหนังสือเล่มนี้ต่อได้ฟรี
สแกนรหัสเพื่อดาวน์โหลดแอป

บทล่าสุด

  • 千巡六華   第三十話 回家

     衝撃的な事実を知ってしまった蘭瑛は、あれから永憐と顔を合わすことがてきず、六華鳳宗へ帰らせてもらえないかと、宇辰を通して宋武帝に申し出た。 事情を知った宋武帝は、至急紫王殿に来るように蘭瑛を呼び寄せ、二人で話しをすることになった。 完全に正気を失った蘭瑛を見るやいなや、宋武帝は気を利かせ、今まで見たことのない豪華な花茶を差し出した。「呼び寄せて申し訳ないな。少し外で話そうか」「……は、はい」 随分と涼しさを感じる夜に、紫王殿の庭では蛍がふわふわと光り始めた。 外のカウチに腰を下ろし、宋武帝は蛍の光を目で追いながら静かに口を開く。「いずれはきちんと話さなければならないと思っていたのだが……永憐のことで、君を酷く傷つけてしまって申し訳ない。全ては私一族の責任だ。今更許しを乞うつもりはないが、当時、剣門山に所属していた永憐が、個人的な意思で君の父上を殺した訳ではないことは、どうか分かってやって欲しい。あれは、私の父上が理不尽に下した命令だったのだ……」 宋武帝は物寂しく空を仰いだ。 その横顔がどこか永憐に似ていて、蘭瑛はふと目線を逸らし、宋武帝の言葉を待った。 「永憐とは異父兄弟なんだ。この事実を知ったのは、十年ぐらい前だろうか。あいつは幼い倅を、祝言を控えていた妻の変わりに助けてくれてな……。せめてもの思いでここに呼んだんだが、少し気になるところがあって。ほら、私と顔が少し似ているだろう? だから、あいつの出自をこっそりと調べさせたんだ。そしたら、永憐はあの伝説の剣豪・冠月と母上の間に授かった子であると知って、それはそれは驚いたよ。私は永憐を弟だと思っているんだが、あいつは、自分を物凄く卑下な人間だと思っているらしく、自分は私の配下でいいと、皇弟として自分の立場を絶対に認めようとしないんだ」 何一つ自分のことを話さない永憐に、そんな秘密があったとは誰も知る由もない。 宋武帝は飛んでいる蛍を素手でそっと掴み、蘭瑛に見せながら続けた。「そんなあいつがある日突然、君を連れてきた。色欲も断ち、女の話に一寸とも触れようとしなかったあいつがだ。不器用で言葉足らずな奴だが、君には何か思うところがあったんだろう。誰よりも君のことを考えていたからな」 それは分かる。いつだって側

  • 千巡六華   第二十九話 真実

     美しい月夜は儚げに消え去り、夢が覚めていくように二人の元に太陽が昇る。 「蘭瑛、朝だ。起きろ」 「…んーっ。ふぁい」 蘭瑛は欠伸をしながら上体を起こす。 永憐から寝巻きを渡され、寝台から降りて衣をさっと着る。 昨晩のことは途中までしか覚えておらず、途中から疲れ果てて眠ってしまったようだ。 「昨日はすまない。加減を忘れてしまっていた…。身体は大丈夫か?」 「…はい。大丈夫ですよ。私、途中で寝てしまったみたいですね。すみま…」 「せん」と続けようとした刹那、永憐に力強く抱きしめられた。 「嫌いにならないでくれ…」 「…ど、どうしたんですか?急に。永憐様を嫌いになる訳ないでしょう」 永憐は失うのが怖いといったような、どこか不安げな顔を蘭瑛に向けた。 今日から仙術の強化稽古が始まり、しばらく会えなくなると聞かされたが、稽古が終わったらまた会う約束をし、優しく口づけを交わした。  蘭瑛は隣の部屋に戻り、身支度を整えようと、寝巻きを脱いで鏡を見た。すると、首から下の上半身のありとあらゆる場所に、口づけの印を付けられていることに驚愕した。 (あれから、たくさん口づけされたんだっけ…。どうしよう…この無数の跡。何で隠そう…) 蘭瑛はとりあえず、葯箱から包帯を取り出し首元に巻き付けた。医局のオカマ医官に何か言われるかもしれないが、適当に遇らえば問題ない。蘭瑛は冷静さを保ちながら、医局へ向かった。 医局に到着すると案の定、オカマ医官二人に詰め寄られる。 「阿蘭、どうしたのよ?!その傷!ちょっと見せてみなさい」 「一体何をやったのよ…」 「だ、大丈夫だから!本当に直ぐ治る傷だし、二人の心配には及ばないから」 江医官と金医官は、目を細めて蘭瑛を一瞥する。 「阿蘭、また誰かに何かされたんじゃなくて?」 「ったく、女の首元に傷を負わすなんて、どういう神経してんのよ!もし男だったら、男根の先にこれを差し込んでやるんだから!」 金医官は、薬草を混ぜる先の尖った太い銅の棒を光らせた。これは、永憐にされたなんて口が裂けても言えないと、蘭瑛は思わず苦笑いを浮かべる。 「本当に大丈夫だから。六華術を復活させる為に色々やっちゃって…。それで」 「それで、六華術は復活したの?」 江医官に

  • 千巡六華   第二十八話 和合

    もう逃げられないと意を決して、蘭瑛は急いで湯浴み処へ向かい、簡単に湯浴みを済ませた。 半乾きの髪を靡かせ、急ぎ足で藍殿へ戻る。 蘭瑛は永憐の部屋の扉の前で「ふぅー」と呼吸を整え、蝋燭の光が漏れている薄暗い奥の部屋に足を踏み入れた。 中に入ると、寝台の上で腰を下ろし、長い髪を垂らした寝巻き姿の永憐が待っていた。 「来たか」 「お待たせ…しました…」 蘭瑛は固唾を飲み、恐る恐る永憐の元へ歩み寄る。 永憐は真顔で、蘭瑛に向かって一言投げかけた。 「覚悟はあるのか?」 そう言われた蘭瑛は、その場で立ち止まった━︎━︎━︎。 決して覚悟がない訳ではない。ただ理由を話さなければと蘭瑛は六華術を回復させる為に、このような事を口走ったと話した。 「ならば、術の為にしたいということか?」 「いや、そ、それだけでは…」 蘭瑛はそれ以上何も言えず俯く。 永憐は間を置いて、もう一度問うた。 「どんな理由があっても、後悔しないか?」 蘭瑛は永憐の事を心から愛している。 いずれは夫婦の契りを交わしたいとさえ思っている。 術が回復することもそうだが、一番は永憐と口づけ以上の結びつきを得たいと心のどこかでは思う。そこに迷いや後悔はない。蘭瑛は心を決めたかのようにハッと顔を上げ、自分の衣の腰紐をしゅるっと外した。 「…しません。何があっても」 そう言いながら、蘭瑛は衣を少しはだけさせ、寝台の上へ登る。 そして、足を伸ばして座っていた永憐の上に跨り、永憐の目の前で衣を完全に脱いだ。 艶やかな肌を見せられた永憐は、蘭瑛の腰にそっと手を回し、蘭瑛の顔に自ら顔を近づけた。 「本当にいいんだな?」 「…はい」 息をする暇もなく、蘭瑛の唇は瞬く間に塞がれた。 永憐は何度も優しく向きを変え、蘭瑛の乾いた唇を湿らせていく。永憐の力強い舌遣いで閉じていた口をこじ開けられ、何度も舌を絡め取られた。舌を這わせ合うたび、水が弾くような音が部屋中に響き、鼻から漏れる荒い息が熱く交わる。 露わになった胸を何度も揉まれ、永憐の細長くて力強い指先で、先の突起を何度も弄られた。 身体全体に体験した事のない電流が走り、蘭瑛は我慢できず「んんっ」と思わず声を漏らす。唇が離れ、互い

  • 千巡六華   第二十七話 驕矜

    それから、今までの輝かしい穏やかな橙仙南の色は消え、朱源陽の武官たちは橙仙南の庶民たちを蔑ろに扱うようになり、逆らおうものなら直ちに打首にされるという理不尽な内乱が勃発した。 橙仙南の一部の軍は朱源陽の傘下に入る者もいたが、深豊《シェンフォン》率いる軍は主に宋武帝の配下に身を置き、永憐たちと並ぶ形で桃園の義を交わした。 朱源陽の理不尽な要求や暴力が日に日に増していくことを懸念した宋武帝は、橙仙南の難民たちを宋長安へ避難させた。宋長安に住む人々の人柄は他所者を嫌う性格ではない為、難民たちとの間には争いや弊害などは生まれず、互いを尊重しあう形で生業を保つことができた。 秋めいてきた夕暮れの下で、蜻蛉の美しい複眼が、飛び回る害虫のハエを捉える。 瞬きをしたほんの僅かの間に、ハエは蜻蛉の口元で砕かれ、もう一度瞬きをした後にはもうハエはいない。 その卓越した動体視覚と俊敏さを駆使して、獲物を一瞬にして捕える。さすが勝利の虫だ。 その様子を窓越しから見ていた宋武帝は、永憐と深豊を紫王殿に呼び出し、向かい合っていた。 何を言われるのか大体想像のつく二人は、出された茶を啜りながら宋武帝の言葉を待つ。 「蜻蛉のようにならねばならんな…」 宋武帝はぼそっと独り言を呟いた。 そして目線を二人に戻し、続ける。 「今後のことについてなんだが…。いつ、朱源陽の矢がこちらに飛んでくるか分からない。いつでもその戦火が飛び込んできてもいいように、お前たち全員が持つ仙術の強化を図って欲しい。それに伴い、宋長安管轄の剣士たちも各方面から呼び寄せることになった。お前たち二人が師範となり、全体の底上げを頼む」 永憐と深豊は、同時に頷き『御意』と返事をした。 力強い二人の返事を聞いた宋武帝は、顔を緩ませ穏やかな表情を向ける。 「お前たちが居れば、私に怖いものなどない」 「全力でお守りします」 「橙仙南を代表して私も…」 永憐の後に続けて、深豊も誠意を表すように言葉を繋げた。 一方、蘭瑛のいる医局では環境に慣れず体調を崩す橙仙南の者たちが多く、問診に追われていた。 「食欲がなくて…」 「気持ちが塞ぎがちで…」 「涙が止まら

  • 千巡六華   第二十六話 驟雨

    「何故お前がここにいる?」 「おっと、これはこれは王国師殿。いやぁ〜、物凄い霊気を感じたので様子を見に来たんですよ。そしたら、あなたに出会した。何か特殊な霊気でも出されたのですか?」 目の前にいる端栄は先程会った端栄と同じだ。 しかし、感じた違和感をどうしても拭えない永憐はまた尋ねる。 「私ではない。剣先を光らせたのはお前か?」 「はて?私はそんな物騒なことはしませんよ。誰かと勘違いなさってるのでは?」 確かに感じた玄天遊鬼の霊気。今はパタリと消え、何も感じない。端栄が続ける。 「まぁ、ここは妖魔が頻繁に出没しますから気をつけてください。あなたとやり合って腕を無くしたまま朱源陽に帰るわけにはいきませんから、今日はあなたではなく、こちらの方に」 すると突然、端栄は蘭瑛に向かって瞬間移動するかのように飛び出し、永憐の隣にいた蘭瑛の身体を軽く突いた。 蘭瑛は急に眩暈を起こし、足元から崩れ落ちる。 「おい、蘭瑛!しっかりしろ!貴様!蘭瑛に何をした?!」 永憐は珍しく声を張り上げ、永冠の先を端栄へ向ける。 「彼女を抱えながら私と戦うのは無理でしょう。彼女の医術は素晴らしいと、玉針経宗の医家が言っていましたからね〜。術滅印で六華術を封じてみました。これで、あなたが今深傷を負っても彼女はあなたを救えない。気をつけてくださいね。それでは」 端栄が瞬時に消えた途端、黒い靄が周囲に広がり永憐の透き通った視界は瞬く間に遮られた。その靄から幾度となく屍が溢れ出し、永憐は意識のない蘭瑛を抱き抱え、蘭瑛が嵌めている翡翠の指輪に更なる強力な守護術をかけた。そして探知術を同時に発動し、永憐は全身に駆け巡る全神経を尖らせ永冠を振るう。何度も袍を翻しながら屍を次々と殺していくのだが…。 しばらくすると、驟雨が永憐の足元を濡らし始めた。 蘭瑛の頬にも驟雨が落ち、きめ細かい白い肌を伝って滴り落ちていく。 最後の屍を斬ろうとした刹那、突然黒い靄が消え、視界が明るくなったと同時に鋭利な刃を持つ鴛鴦鉞が永憐と蘭瑛を目掛けて飛んできた! 永憐は永冠で同時に躱したが、視界の眩しさに耐えられず、もう一発の鴛鴦鉞に気づかなかった。

  • 千巡六華   第二十五話 対立

     永憐たちが橙剛俊の宮殿内に着くと、先に来ていた宋武帝と橙剛俊が激しく口論していた。 「兄上がこのような惨虐に見舞われたというのに、どうして平然としていられるのだ?!」 「奴は死ぬべきして死んだんだ!私には関係ない!」 橙剛俊は憤慨し眼球を赤くして捲し立てる。 宋武帝も額に青筋を浮かべて、今にも殴りかかりそうな衝動を抑えながら拳を振るわせていた。 「お前、何か企んでいるのか?!」 「はっ。何を企んでいようと私の勝手だ。あんたには関係ない。今まで散々あいつに振り回され続けたんだ!今こそ橙仙南は自由になるべきだろ!あんたこそ橙仙南を心配してる場合か?あんな奴を心配する前に、自国の心配をしたらどうだ?倅を残してきたんだろ?大丈夫なのか?」 宋武帝は遂に堪忍袋が切れ、橙剛俊の顔を思いっきり殴った。橙武帝が今までどれだけの功績を残し、橙仙南の繁栄を守ってきたか。四国会の統治を守ってくれたのも橙武帝がいたからだ。 橙剛俊は床に伏して赤く腫れ上がった頬を摩る。  「お前とは桃園の儀を結べそうにない。お前が誰かと手を組みその者たちの所へ行くのなら勝手にしろ。しかし、橙武帝を侮辱するような真似は許さない!覚えておけ!」 そう言って宋武帝は踵を返す。 すると橙剛俊は唇を震わせながら、宋武帝の背中に向かって叫んだ。 「あんたこそ、これからどうなっても知らないからな!そこにいるお前らも出て行け!」 ずっと様子を伺っていた永憐の元に宋武帝が来る。 「永憐。私は先に帰る。頃合いを見て帰ってこい」 「分かりました。私たちもここを出よう」 永憐たちは宋武帝の後に続き、救いようのない愚か者を置いて宮殿を出た。 先に帰る宋武帝に宇辰が護衛として付き添うことになり、永憐と深豊は二人を見送る。そして、歩きながら深豊が口を開いた。  「まったく、どうなっちまうんだよ…これから」 深豊は溜め息を吐きながら、門の近くにある石畳みの階段に腰を下ろす。 永憐は何も言わず、遠くを見るように目線を上げて空を仰いだ。永憐の碧色の瞳には雲の模様が浮かび、わざと一抹の不安と恋慕を掻き消しているようにも見えた。 するとそこに、橙剛俊の倅・橙風宇が一人、日傘で顔を隠す様にしてやってきた。 「兄様方にお話しがご

บทอื่นๆ
สำรวจและอ่านนวนิยายดีๆ ได้ฟรี
เข้าถึงนวนิยายดีๆ จำนวนมากได้ฟรีบนแอป GoodNovel ดาวน์โหลดหนังสือที่คุณชอบและอ่านได้ทุกที่ทุกเวลา
อ่านหนังสือฟรีบนแอป
สแกนรหัสเพื่ออ่านบนแอป
DMCA.com Protection Status